2008年05月23日

椎堂・拓人

其れは、物陰に潜む音。

其れは、人が道を行交う音。

其れは、鳥の囀り。

其れは、吹き抜ける………風の音。



この身に触れ、眠っている一人の体温を感じている。

(果たして、これが正しかったのかどうか)

鴉のように黒い阿修羅の髪を梳きながら
かつての彼女を思い描く。

(僕は、僕を捨て…彼になった)

(そうでもしなければ、君が崩れてしまいそうだったから)

(僕を助けてくれた君が、僕の全てだった)

阿修羅は気持ち良さそうに笑う。
無意識の内の笑みは、本当に天使のように健やかだった。
片時の幸せを想いながら、
ようやく僕は彼から解放されて、物思いにふけることができる。

(初めて逢った時の事を君はもう、忘れてしまっているだろう)

(それでも、こうして)

(僕の欲しかったものが手に入っているはずなのに)

触れる髪が、指をすり抜けるように。
君を手に入れていない…そんな気になる。

(いっそのこと)
(全て教えてしまおうか)

(僕が彼ではないことを…
(彼という幻想は、もうどこにもいないことを)

(言ってしまおうか
(全部吐き出して、君を貶めてしまおうか)

阿修羅が眼を覚ませば、そんな気にさえなれないというのに
胸の奥が締め付けられる。
是が、罪悪感か。…それとも是が、愛なのか。

僕は解らないまま、また仮面を被る…

(彼を演じて、騙してでも
(君を導いて連れて行くよ…それは、私の最終幕まで)

「阿修羅、起きて…来たよ」
「…敵…?」

優しい接吻を落として目を擦る阿修羅が携える得物は斬刃。
私も錫を揮い、背後に見える影へ劈く。
目覚めの運動とばかりに楽しそうに舞う阿修羅に
ただ、今は、これでいいと嘘をついて血を浴びる。

「魁、楽しいか?地上(ここ)は―…本当に純粋で綺麗だな!」

それでも。未だ、戦場は変らず…

(いつか、貴方が夢見ていた平穏な未来へ)
(この血塗られた私達も歩み寄ることができるのでしょうか)





十六夜が憂い涼しい夜風に震えている。
ある寺の高所から天下を見渡したまま眠っていたようだ。

付き人も既に寝入った様子で、誰もいない。
俺は小さくため息を漏らした。

(俺、一人にしていいんかね?眼ぇ放したら叉下りるぜ?)

んなこと想いながら、も一度月を見る。
月…月、月。
ああ、嫌な奴のことを思い出した。
そういえば、また何かやらかしたとか…聞いた。

(俺がいなけりゃ、今頃…)

したくない想像に、腑に落ちない嫌気を感じて顔を顰める。
嫌なら仕方がない、また助けてやるまでだ。

(…これでもまだ、貸しは減らないというんだろうか)

嫌気にまた苛立つから、もう一度寝ようと身体を起こす。

「なぁ、俺の出番にはまだ早ぇよ」

誰もいない天空に呟いた。






……
………。


屋上の心地よい風が逢う魔が刻に吹き抜けて
夕闇が私を起床へと誘う。

また、変な夢を見た。
ナイトメアになってからだろうか。
この奇妙な夢を時々見るのは…。

それにしても、エグイ夢のような気がした。

血みどろの戦場…まるでブラッドバスのような。
それなのに、どこか爽快な気持ちと少しの憂鬱を感じたのだから

…やはり、奇天烈だった。

傷の痛みが引いてから数日経った頃だが
どちらかというと、痛みがないことが少し心配にも思う。
腫れは引いているんだから問題ないと思うんだが…ふむ。

とはいえ、鏡で見た限り。
完治は暫く先になりそうだ…


後に残っても、別段私は構わんけれどな…?

仮面を再び眼深く被り、さぁゴーストタウンへでも出向こうかな。

足はその闇へと静かに向かっていく。
それは、銀誓にいる限り
いつものことであり続けるように。
posted by 瞳 at 18:00| ☔| Comment(0) | 楼bject reading | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。