2007年08月09日

インロシア(前編)

空を経由し、いかにも冬というイメージの強い大国へ着く。
ロシア…
実際に足を踏むことは初めてとなる。

セスナ内で、今回の引率者…レイが口を割る。
彼は上司の部下、いや下僕といった方がいいだろうか。
「それにしても見事に仮装しましたね」
しれっとした顔つきで言う。
…いかにも。
扮装というにはいきすぎている仮装の類だな。
染めたような金髪…眉毛まで染められ、
青のカラーコンタクトにサスペンダーをつけハーフパンツだ。
ぱっと見、外人。いや、もう外人のようにも見えてくる。
顔は限りなく日系ではあるが…。
さらに前髪がオンザで非常にスースーする。
顔を隠せないこの感覚が気にいらない。
困り果て、目を伏せる。
…伯父には死んでも見せたくはないな。

レイはいかにも笑いを堪えている。
「…ぬぅ、何か言いたいことがあるようだな」
「似合わない」
拳を震わすが、彼には私の力は及ばない。
楽しそうにサングラスをかけなおし、前髪を横へと捌けている。
私は…楽しくない。

「遊びはここまでとして、任務の確認といくか」
淡々と切り出され、私は頷き、何度も叩き込んだ書類を最後に見る。
 名はミラーン。通称はミレーナ。
 アルメリア出身の年齢は私より少し下の少女。
出身国の抗争で声をなくし、筆記能力もない。
…私には有難いことだった。
ミレーナになり、組織内に彼女がいることを印象づける。
その証明をする為に私はここにいる。
誰かになることは多くはないが、
久しぶりの感覚に居心地が悪くさえ思えそうだ。

「ひとつ、聞いてもいいか?」
訝しくレイは頷く。
「ミレーナは何故死んだ?」
「…抗争に巻き込まれて」
煙草を口に含みいつものように振舞う彼に、なるほどなと思った。
言いたくない理由があるらしい。
組織に非があるか、私へ聞かせてはならないか。
ロシアというだけありシックスセンスの持ち主だったのかもしれない。
どちらにせよ、
ミレーナに入れ込む気も、
この依頼に対し深く探る覚悟も私は必要としなかった。

ただ、少しだけ引っかかってしまった。
今はいないミレーナは、必要とされていた存在。
必要とされた、必要とされている人。
ミレーナのことを考え巡っている間にその地へと着いた。

喫茶店でタルフンを飲みながら
イクラ味のポテトチップスへ手を伸ばす。
「久しぶりのロシアはどうだい?ミレーナ」
ミレーナはアルメリア出身…ロシアとは隣国だったな。
バルチカを飲むレイに頷くと、彼はゆっくりと話を切り出した。
「すまないが、これから支社で手続きを行う
 研究院はそれから向かう」
一人でいては危険が及ぶ。
が、周囲にココでの護衛者がいることになるほど、と軽く頷いた。

都心へ近い分もあり、思ったより冷える。
見晴らしは、
イギリス…いやドイツやオーストリアに近いだろうか。
洋館が立ち並ぶ町並みが他所と違うのは、住民の様子のせいか。
同じように颯爽とモノクロな街を行く。
小さな声で挨拶を交わす少女達、大人は足早とどこかへ向かう。
個人の身は個人で守るしかない…
そういう凍てついた雰囲気を感じた。
思ったよりは、治安は悪くないのかもしれないな。
そんなことを考える間もなく支社へと着いた。

待っていろ、と心配そうに念を押す。
多分、私が不機嫌なことに彼は気づき
任務に支障が出ないかを心配していた。
なおすようにとそれとなく示されても、なおりそうにない。
…自身でも気づいているが
ミレーナにひっかかっているようだった。
組織に必要とされた人物。
…組織に必要とされてしまった、人物。

塀へ寄りかかりため息をつくこと数分、
辺りが静まっていることを気づきそびれた。
遠方から暴力じみた撲音が聞こえる。
周囲にいた護衛者は数人と少なくなり、マズイと思うが遅かった。
右手に持った護符はコートへ押し戻し、反射的に歯に力を込めた。
硬い、銃口が腰にあてられている。
「−−−−−−−−ミレーナ」
…悪いな。喋るどころか、ロシア語は解らないんだ。
観念し瞳を伏せる。
既に、2.3人の護衛者は血に濡れ倒されている。
白銀の首輪、手足を拘束され
目隠しをさせられ運ばれ、遅いレイを呪った。


支社よりある程度、南下したようだ。
窓ひとつない完全に封鎖された個室に幽閉された。
だが、相手もミレーナに対して危害を加える気はないようだ。
足を除き拘束は解かれ、紅茶を出された。
彼らはコニャックを口に含み、唯一ある戸口を張っている。
出された紅茶にハルヴァーで誤魔化す。
拷問でもかけられるかという懸念から
水分をとられずにはいられなかった。

ミレーナでないことがバレなければ、安全…でいられるが
いつ、必要とされる時がくるかは解らない。

不安が付きまとう。
レイなら、そろそろ来てもいい頃合ではあるが、
電波障害でも出しているかもしれないし確証はない。
コートに仕込んである護符を確認し、
仕掛けることも念頭に入れる。
扉が開き、シャンパンを持った男が、男達へザクスカを渡す。
群がった男達がザクスカを口に、和気藹々と喋り始めた。
どこの組織でもこういった雰囲気は変わらないらしい。
シャンパンを口にした男が哂いかけてきた。
「−−−−−−ミレーナ」
…ロシア語、習っておくべきだっただろうか…。
具合の悪い素振をして誤魔化すと、
彼は労いでもかけるように肩を叩き戻っていった。
ザクスカを持ってきただけらしい様子に、ひと安心する。
……何だこれは。
襟に、小さな紙が挟まっている。
衣服を整える振りをして指先で抓み取り見ると、
見慣れた文字が並んでいた。
「さぁ行こうか、キラ…あともっと気を使い読んだ方がばれない」
男達は倒れ、そこには見知った男が一人。
頷いた私達は部屋を脱出し、
窓のある場を爆符で飛ばし別ルートから脱出した。

「キラに感謝しよう…これでレイに借りがひとつ」
鬘を脱いだ私へ言ったのか、
一人呟き携帯を切った彼は、中華系のカイ。
上司の部下その壱であり…
説明はややこしいんで省くが、やや味方。
カイの運転する車内で私は女形の式に再び鬘を装着させられている。
「…レイに頼まれたんですか?」
「違う、別件で潜伏中…戻れないが」
いいんだろうか…。
組織の任務は絶対のはずだが…。
「…問題ありませんよ
 潜伏したがったのは主の気まぐれですから」
式姉さんは察して声を諭すと、その姿を消された。
「……キラ、自分の口で言い」
「…悪い、……私のせいだな」
方法を違えるということは、一からやり直しということだ。
しかも潜入していたことは事実だから今度はやりにくくなる。
「Sorry,嘘…用件済みだから
 …でも言いたいこと、言った方がイイ」
カイは、データスティックを持ち厭味のない笑みを浮かべた。
彼の言う言葉は最もで、苦笑を零した。

「ミレーナ、寄り道するよ」
カイはレイに任務代行を託されたのか、更に進路は南下していた。
車から見える景色は、19世紀のロシアの様な木々連なって
降りると、西洋の片田舎と言っても過言ではないような雰囲気。
木々の青さとは相反した寒さも先ほどよりは和らいでいる。
「母国、アルメリア……兄へ会おう」
ここが、アルメリア……兄に………
「…いいんですか?」
流石に、拙いだろうと…押し殺した声をかけると、カイは続けた。
「ビザ取得済み…任務に含まれている、レイも来る」

結構な時間が経ち、ガソリンスタンドを経由して
朝日が昇る前にはミレーナの実家へ着いていた。


兄の名は、アレクサンドル。…サーシャ、でいいんだよな。
病を患っており
ミレーナが組織へ入った後は護衛の下病院へ保護された。
実家に戻っているということは…そういうこと、なんだろうか。
ミレーナは、よほど組織の者に優遇されているらしい。
カイに導かれるままに彼の部屋へと向かう。
ベッドに横たわる痩せた男が、驚いたように扉口を見ている。
…ミレーナにとっては大切な家族との対面。
カイの手が肩を抱き、私は気づくように前へと歩き出した。
…疲れてやせ細ったその兄が涙を浮かべる、その姿。
抱きつかれ、私はただその姿を支えて抱擁する。
「−−−−−−」
「−−−−−」
必死に何か喋っている。
私には解らない、異国の言葉。
ミレーナは喜んでいるはずだから、
兄の肩を抱いて背中をさすり涙を零す。
「−−−」
「−−−−−−−」
ああ、何を言ってるかわからない。
でも、ただ喜んでいることだけは解った。

扉を閉じると、レイがニヤニヤして目前に立っていた。
…思わず、腹に一発入れてしまった。
遅かった分と疲れた分と…多分、ミレーナの分。


セスナはロシアから発たなかった。
北欧を経由して日本へ帰還するようだった。
セスナ内ではカイとレイが談笑を交わしている。
ロシアが危ないことには変わりないらしく、
カイは暫く日本で休日を過ごしたいとぼやいていた。
レイは上司がそれは許さないと口出ししチョップをもらっていた。

多分、サーシャは気づいていただろう。
それでも、幻でもきっと彼女に会いたかったに違いない。
家族仲は必ずいいものとも言えないが、
彼らはそうだったんだろう。
必要とされてしまったから、傍にいられなくなった。
戦いに巻き込まれてしまったから、会えなくなった。

スメタナを食べながら私も考えてしまった。
これからの身の振り方を。
彼らはきっと組織に見つかるべきではなかった。
一緒に逃げるべきだったんだろう
…その先にあるものが死であっても。
でも、幼いミレーナにはその選択肢を選ぶことはできなかった。
サーシャは、選ぶ権利をもてなかった。
…まだ、今の私なら、切り捨てることができるだろうか。
隣人と供にいることが必ずしも相手の為になるとは限らない。

…戦に投じるこの身だから。
仲間はいてはならない、何より私が強くなる為に。
ただ、自身の弱さを嘆くだけでは
きっと…きっと、私が殺したあの人達に示しがつかない。
posted by 瞳 at 04:46| ☀| Comment(0) | 腕eading | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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